そこが知りたい 2012(平成24)年10月号

薬物依存のメカニズムと治療薬の可能性
 
 脳内には報酬系という快い情動を生成するシステムがある。その分子メカニズムを解明するうえで,依存性薬物による作用機序の研究報告がなされ,薬物依存の治療薬の探索が進められている。 薬物依存とは,薬物乱用(行為)の繰り返しの結果として生じた,薬物摂取欲求(渇望)に抗しきれない自己コントロール喪失状態であり,身体依存と精神依存に分けられる。身体依存は,薬物の長期間にわたる摂取の結果,生体がその薬物が体内にあってこそ正常に機能するように変質した状態であり,薬物が切れると離脱症状が現れる状態である。この状態に陥ると離脱時の苦痛を避けるために薬物の摂取を渇望し薬物探索行動をとる。一方,精神依存とは,その薬物が切れてくると渇望が強くなり,自己コントロールを喪失し,薬物を使用してしまう状態であり,身体的不調は見られないとされている。
 薬物依存の本態は精神依存であり,身体依存は必須ではない。精神依存が形成されると幻覚や妄想状態を主とする精神病症状が認められるが,現在の薬物依存の治療では,精神病症状への対応には限界があり,根源となる「欲しさ」への対応が不十分なために根治は困難である。
 薬物依存の発症要因は脳内の神経系の異常であるが,脳のどの部分に影響しているのかは,薬物によって異なる。しかし,どの薬物であっても依存性をもたらすからには,脳内報酬系と呼ばれる中脳の腹側被蓋野から側坐核に至るA10神経系に共通して異常が起きていることが明らかとなっている。このA10神経系で重要な役割を果たす神経伝達物質がドパミンである。メタンフェタミンやコカインなどの神経刺激薬やその他多くの依存性薬物は,主にドパミントランスポーター(DAT)に作用して細胞外ドパミン量を増加させて,ドパミン神経伝達を亢進させることが知られている。
 このドパミン仮説が快情動の生成において有力とされてきたが,近年の研究によりドパミンに依存しない報酬系のメカニズムが示されている。DAT 欠損させたマウスの研究において,コカインを欲しがる行動が失われなかったが,DAT 欠損に加えてセロトニントランスポーターを半減あるいは欠損させたマウスにより,コカイン嗜好性が消失することが明らかとなった。それにより,SSRI による「欲しさ」 の抑制効果への可能性が示された。現在,フルオキセチン,パロキセチン投与マウスにおいて,メタンフェタミン嗜好性の抑制が示されている。しかし,フルボキサミンには抑制効果が認められなかった。この違いには「G 蛋白質活性型内向き整流性カリウム(GIRK)チャネル」 への阻害の有無に関係しており,フルオキセチンとパロキセチンはGIRK チャネルを強く阻害するがフルボキサミンはほとんど阻害しないためであるとされている。このGIRK チャネルは中枢神経系に広く分布し,セロトニン5-HT1A,アドレナリンα2,ドパミンD2受容体などと共役しており,様々な依存性薬物の作用機序に関わっている。
 脳循環・代謝改善薬のイフェンプロジルもGIRK チャネルを阻害することが示されており,鎮咳薬依存患者において著効した事例や,アルコール依存患者に対する奏功例が報告されている。 薬物依存の治療は認知行動療法(それまでの薬物使用に関係していた人間関係,場所,お金,感情,ストレスなどの状況を整理・清算し,薬物を使わない生活を持続させる)を取り入れた治療プログラムにより,自己コントロールを習得してそれを継続していくことである。今後,GIRK チャネル阻害剤のような薬物依存治療薬により,薬物依存症患者の更なる早期社会復帰,薬物乱用の防止につながることを期待する。
 
参考資料
・Jpn. J. Neuropsychopharmacol.: vol.31, No.5/6, 2011.
(順天堂東京江東高齢者医療センター薬剤科  高野 賢児)