がん治療におけるウイルス療法について
近年,ウイルスを使ったがん治療(以下,ウイルス療法)が実用化され始めている。ウイルス療法は,ウイルスの増殖能を利用した治療法で,腫瘍細胞にウイルスを感染させ,ウイルス複製に伴うウイルスの直接的な殺細胞効果により腫瘍細胞を破壊する他,複製されたウイルスがさらに周囲の腫瘍細胞に感染してウイルス複製を繰り返したり,腫瘍細胞が破壊される時に放出される腫瘍反応性T 細胞の誘導によりリンパ球が活性化されることで抗腫瘍効果を示す。
ウイルス療法の歴史は古く,1950〜60年代に野生型ウイルスや自然弱毒型ウイルスを用いた治療が試みられたものの,当時はウイルスの病原性を制御するのが困難だったため普及するには至らなかった。1990年代以降,遺伝子組み換え技術の発達により腫瘍細胞でのみ増殖する遺伝子組み換えウイルスを人工的に作り出すことに成功し,単純ヘルペスウイルスⅠ型(以下,HSV-1)やアデノウイルス,ワクシニアウイルス,コクサッキーウイルス,ニューカッスル病ウイルス,ヒトレオウイルス,麻疹ウイルス,ポリオウイルスなど,様々ながん治療用ウイルス(oncolytic virus)が開発された。2015年には米国で悪性黒色腫に対し,腫瘍内に直接注入後,腫瘍内で複製され,GM-CSF を生成するよう遺伝子改変され た 第 二 世 代 遺 伝 子 組 み 換 えHSV-1で あ るTalimogene Laherparepvec が承認されている。
本邦では2021年6月にテセルパツレブ(製品名:デリタクト®注)が製造承認された。承認時の適応症は悪性神経膠腫である。テセルパツレブは第三世代遺伝子組み換えHSV-1で,正常細胞での複製に必要なα47遺伝子及び2つのγ34.5遺伝子を欠失,大腸菌由来lacZ 遺伝子の挿入により ICP6遺伝子を不活化しており,正常細胞では複製されず,腫瘍細胞における複製能を高めるよう設計されている。これによりテセルパツレブの正常細胞での複製能は野生株のHSV-1に比べて理論上は10億分の1と非常に低いリスクとなっている。
テセルパツレブの投与は腫瘍内への直接注射であり,通常,成人では1回あたり1mL(1×109PFU*)を腫瘍内に投与する。また原則として1回目と2回目は5~14日の間隔,3回目以降は前回の投与から4週間の間隔で,投与は6回までとなっている。なお小児に対する有効性も期待できると考えられているが,小児を対象とした臨床試験成績は得られておらず,安全性が確立していないため,製造承認時点では小児への適応はない。重篤な有害事象として発熱があり,その他頭痛,接種部位の腫脹(脳浮腫)などがある。
膠芽腫に対する国内第Ⅱ相試験(GD01試験)では,主要評価項目を1年生存割合として実施したところ,中間解析時の1年生存割合[95%CI]は92.3%[64.0, 99.8]で,既存対照(15%)と比較し生命予後の改善が認められた。また免疫反応に個体差が大きく,投与量と腫瘍内のウイルス量は必ずしも比例しないことなどが判明している。
テセルパツレブの使用にあたっては,2021年8月に厚生労働省より『悪性神経膠腫に対する最適使用推進ガイドライン』が発出されており,実施施設や投与対象となる患者について具体的に示されている。
ウイルス療法は化学療法や放射線治療など既存の治療法と組み合わせることができること,局所投与により抗腫瘍免疫が賦活され原発巣だけでなく遠隔病巣への効果が期待できること,ウイルスゲノムに治療遺伝子を組み込むことで多彩な修飾が可能であることなど優れた特徴を有する一方,使用するウイルスの性質により最適な投与方法やウイルスゲノムの設計が異なるため,開発には様々な工夫が必要となる。今後このウイルス療法ががん治療の新たな潮流となるか注目される
*PFU(plaque-forming unit; プラーク形成単位)……ウイルス力価を示す単位の一つで,感染性をもつウイルス量を表したもの。
参考資料
1)厚生労働省:最適使用推進ガイドライン テセルパツレブ(販売名 デリタクト注)~悪性神経膠腫~令和3年8月
2)伊藤博崇,藤堂具紀:小児内科,49(7).1024-1027(2017)
(東京大学保健・健康推進本部本郷地区 梅澤俊介)