そこが知りたい2022(令和4年)7月号

口腔粘膜由来上皮細胞シートの眼移植と免疫抑制剤

 令和4年2月,経口シクロスポリン製剤とシクロホスファミド水和物錠に効能効果「細胞移植に伴う免疫反応の抑制」が追加となった。これは再生医療等製品の「ヒト羊膜基質使用ヒト(自己)口腔粘膜由来上皮細胞シート」(製品名:サクラシー®,以下本製品)の承認に伴うものである。

 ヒトの眼の角膜が傷ついて角膜上皮が失われた場合,角膜と結膜の境界にある角膜輪部から供給された角膜上皮細胞が増殖して治癒する。しかし,熱傷や化学外傷,スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)や眼類天疱瘡(OCP)などにより角膜輪部を含む広い領域の角膜上皮が失われると,周囲の血管を伴う結膜上皮が角膜上に侵入し角膜表面を覆うことで角膜混濁,視力低下に至る。この疾患群を角膜上皮幹細胞疲弊症(LSCD)といい,本製品は,LSCD における眼表面の癒着軽減に用いる移植用細胞シート(採取した口腔粘膜を輸送するセットを含む)である。

 LSCD に対する細胞移植の方法は複数あるが,それぞれに課題がある(表参照)。

 本製品の特徴は,作製に自己の口腔粘膜組織を使用するため,健常眼からの角膜輪部組織の採取が不要であり,拒絶反応が生じない。また本製品の基質である羊膜は,正常な角結膜上皮の生着を促す作用があり,羊膜の厚い基底膜が強度を持った支持組織として作用することで着実な粘膜上皮供給が期待でき,免疫寛容により拒絶反応をほとんど生じない。そのため眼表面に強い炎症があり,高度の瞼球癒着に対する癒着軽減に用いることができる。

 本製品は自己細胞から作成されるため,免疫拒絶反応による炎症は惹起されないものの,原疾患がSJS やOCP 等の場合には手術侵襲により高度の炎症が惹起され,上皮障害及び眼表面の瘢痕化を誘導する懸念がある。そのため移植術後からの免疫抑制剤の全身投与により眼表面の炎症を抑制することが治療上重要とされている。

 シクロスポリンは原疾患がOCP 以外の場合の移植後に,必要に応じて1日量2~3mg/kg を術翌日から経口投与し,症状により適宜増減する。原疾患がOCP の場合には,必要に応じてシクロスポリンとして1日量2~3mg/kg を術翌日から経口投与及びシクロホスファミド(無水物換算)として50mg を1日1回,術翌日から経口投与し,症状により適宜増減する。

 角膜は,透明性,無血管性,形態維持,栄養維持と眼の他組織にはない特徴を持っており,現在でも代替となるものは作られておらず,角膜が大きく損傷した場合は角膜移植が唯一の治療法である。しかし,眼表面に癒着があるケースでは,角膜移植を行ったとしても遷延性角膜上皮欠損や角膜穿孔をきたしやすく,有効性と安全性が確立された治療法になっていないのが現状である。患者への侵襲の程度が少ない本人の口腔粘膜を利用した羊膜基質付き角膜シートの作製と移植は外傷や熱傷のみならずSJSなどの重篤副作用を発症した患者のQOL の向上の一助になると考えられる。SJS は医薬品による重篤副作用の一つであり,眼粘膜に障害を残すことも多い。現在,iPS 細胞を用いた角膜上皮作製の研究も進められており,再生医療の進歩により,重篤副作用による患者のQOL の低下が少しでも改善できることを願う。

 

参考資料

1)「サクラシー®」審査報告書 令和3年11月18日

2)「ネピック®」添付文書 2021年9月(第2版)

3)「オキュラル®」添付文書 2021年6月(第1版)

(都立北療育医療センター 大村由紀子)