メチルロザニリン塩化物の使用について
メチルロザニリン塩化物(別名:ゲンチアナバイオレット,クリスタルバイオレット)は,ピオクタニンの品名で,消毒及び着色等の目的で,医薬品,医薬部外品及び化粧品に,有効成分又は添加物として使用されてきた。口腔内や表皮の消毒・殺菌,手術や処置時の術野のマーキングや血管の染色,内視鏡検査時の消化管内の染色等の目的で多くの医療機関で複数の院内製剤が調製され,それらの院内製剤は日本病院薬剤師会監修の 「病院薬局製剤事例集」(2013年4月発行)にも記載されている。また,口腔用の殺菌・消毒薬として一般用医薬品も販売されていた。2014年にFAO/WHO 合同食品添加物専門家会議が当該物質の評価を行った結果,遺伝毒性及び発がん性が認められたことから,一日許容摂取量(ADI)を設定できないとした。
日本においても,2018年11月に,食品安全委員会が動物用医薬品におけるメチルロザニリン塩化物に係る食品健康影響評価を実施し,遺伝毒性を示す可能性を否定できず,発がん性が示唆されたことから,ADI を設定すべきでないと判断している。カナダでは2019年6月に保健省が動物実験による発がんの可能性を確認し,企業側が自主的に販売を中止したことから同国における非処方箋医薬品の承認取消が行われている。これらの状況から,2021年12月17日付の告示により,食品衛生法第13条第1項の規定に基づき,メチルロザニリン塩化物は,食品,添加物等の規格基準に規定する食品において「不検出」とされる農薬等の成分である物質として規定された。現時点ではメチルロザニリン塩化物を含有する医療用医薬品,要指導医薬品,一般用医薬品,医薬部外品及び化粧品は販売されていない。また日本薬局方については,第18改正日本薬局方において,医薬品各条からメチルロザニリン塩化物は削除されている。なお,米国,欧州,英国においては,このような措置は発表されていない。
また,2021年12月28日付の厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長,医薬安全対策課長通知において,以下の内容が示された。
〇医療用医薬品について,有効成分であるか添加物であるかに関わらず,メチルロザニリン塩化物の含有は認められない。ただし,代替品がなく,当該医薬品によるベネフィットがリスクを上回る場合に限り,そのリスク(遺伝毒性の可能性及び発がん性)を患者に説明し,同意を得た上で投与することは許容される。
〇要指導・一般用医薬品,医薬部外品及び化粧品において,メチルロザニリン塩化物を含有することは認められない。
手術部位をマーキングするためのマーカーについてはメチルロザニリン塩化物を含まない製品も流通している。ただ,用途によっては代替品や代わりとなる手技・手法が確立していないものもある。厚生労働省からの通知では,診療の場において患者に情報の提供・説明と同意の取得を行った上であれば,メチルロザニリン塩化物の使用は認められている。また,発がんの可能性は否定できないが臨床例での報告が無いことや,一時的な使用による発がんの可能性は高くないと考えられることから,医学系の各
学会の声明も同様の内容となっている。使用する場合には,使用する診療科での運用にまかせるのではなく,各医療機関において適切な手続き等をとり,医療機関の総意として使用することが重要と思われる。
参考資料
1)厚生労働省:メチルロザニリン塩化物を含有する医療
2)用医薬品,要指導・一般用医薬品,医薬部外品及び化粧品の取扱いについて,薬生薬審発・薬生安発1228第1号,2021年12月28日
3)日本病院薬剤師会監修,病院薬局製剤事例集,薬事日報社,東京,2013年
4)一般社団法人日本消化器内視鏡学会:消化器内視鏡検査におけるクリスタルバイオレットの使用に関する学会声明,2019年12月12日,https://www.jges.net/news /news-official/2019/12/12/25311,2022年4月26日参照
5)一般社団法人日本外科学会:「クリスタルバイオレット」の 使 用 に つ い て,2020年 4 月14日,https://jp.jssoc.or.jp/modules/info/index.php?content_id=109,2022年4月26日参照
6)公益社団法人日本皮膚科学会:メチルロザニリン塩化物を含有する医療用医薬品等の取扱いについて,2022年6月14日,https://www.dermatol.or.jp/modules/news/index.php?content_id=998,2022年6月23日参照
7)Health Canada:Health Canada warns Canadians of potential cancer risk associated with gentian violet,2019年6月12日,https://recalls-rappels.canada.ca/en/alert-recall/health-canada-warns-canadians-potentialcancer-risk-associated-gentian-violet,2022年 6 月23日参照
(東京医科大学病院薬剤部 宮澤祐輝)