そこが知りたい2022(令和4年)9月号

脳血管攣縮に対する新たな治療薬

  脳動脈瘤によるくも膜下出血(a n e u r y s m a l subarachnoid hemorrhage:aSAH)はくも膜下出血の85%を占め,日本人の発症ピークは50歳代と報告されている。またaSAH 発症4~14日後には40~70%の頻度で脳血管攣縮が発現すると報告されており,脳血管攣縮を発現すると,17~40%で遅発性虚 血 性 神 経 脱 落 症 状 (D e l a y e d I s c h e m i c Neurological Deficit:DIND)を呈し,そのうち約半数の患者が脳梗塞に至ると報告されている。脳血管攣縮の発現メカニズムは十分に解明されていないものの,aSAH 発症後に増加した強力かつ持続的な血管収縮物質であるエンドセリンが関与していると考えられている。

 このような中,2022年4月,エンドセリン受容体拮抗薬であるクラゾセンタン(商品名:ピヴラッツ®点滴静注液150mg,以下,本剤)が発売された。適応は「aSAH 術後の脳血管攣縮,及びこれに伴う脳梗塞及び脳虚血症状の発症抑制」であり,発症から48時間以内を目安に投与を開始し発症15日目まで投与する。既存の同効薬としては蛋白リン酸化酵素阻害薬のファスジル塩酸塩水和物やトロンボキサン合成酵素阻害薬のオザグレルナトリウムといった薬剤があり,またエンドセリン受容体拮抗薬としては肺動脈性肺高血圧症に適応のあるボセンタン水和物やマシテンタンなどが既に臨床で使用されているが,これらの薬剤を投与しても中等度以上の脳血管攣縮が発現することがあることや,既存薬には出血等の安全性の問題があるなど,aSAH 治療にはアンメットニーズが存在している。本剤は脳動脈を含む血管平滑筋細胞膜上に発現しているエンドセリンA 受容体に対するエンドセリン-1(エンドセリンの中でも強力な血管収縮物質)の結合を選択的かつ競合的に阻害することで血管収縮を抑制し,脳血管攣縮を抑えると考えられている。

 有効性に関しては血管内コイリング術後および外科的クリッピング術後の患者を対象とした国内第Ⅲ相試験により示された。主要評価項目であるaSAH発症後の脳血管攣縮に関連したイベント(死亡,新規脳梗塞,DIND)においては,各手術後の患者で本剤はプラセボ群に対して有意な低下を認めた。一方,前述の主要評価項目が検証された場合,さらに主要評価項目をaSAH 発症後のあらゆる理由によるイベント(死亡,新規脳梗塞,DIND)として設定した解析では各手術後の患者で本剤はプラセボ群に対して有意な差は認められなかった。これは検出力が低いこともあり,本剤のプラセボ群に対する優越性を示すことは困難であったとも考えられるが,現在国際共同第Ⅲ相試験(REACT trial)が進行中であり,その結果が待たれる。

 重大な副作用としては他のエンドセリン受容体拮抗薬においても多く報告されている血管拡張に伴う体液貯留関連事象や低血圧がある。胸水,肺水腫,脳浮腫などでは投与中止に至った例が報告されており,特に65歳以上の高齢者では肺水腫の発現割合が高かったため十分な注意を要する。また動物実験ではエンドセリン受容体拮抗作用に基づく胚毒性および催奇形性が認められているため,妊婦または妊娠している可能性のある患者には禁忌である。

 薬物間相互作用としては,本剤は薬物トランスポーターOATP1B1/1B3の基質であり,OATP1B1/ 1B3 阻害薬の併用により本剤の曝露量増加が懸念されるため,OATP1B1/1B3 阻害薬であるリファンピシンと併用する場合,本剤の投与量を1/4に減量することが必要となる。また,それ以外の阻害薬においても本剤の減量を考慮し,副作用発現に十分注意することが求められている。

 現在,脳卒中治療ガイドライン2021ではaSAH術後の脳血管攣縮に対して既存の同効薬は推奨度Bであり,本剤は追補版においてこれらを上回る可能性が高い。一方,治療における薬剤費が200万円以上にも上ることから既存の同効薬と比べてかなり高額な治療となるため,今後費用対効果にも注目していきたい。

 

参考資料

1)日本脳卒中学会 脳卒中ガイドライン委員会 編:脳卒中治療ガイドライン2021

2)医薬品医療機器総合機構:ピヴラッツ点滴静注液150mg 審査報告書(2022年1月20日)

(日本赤十字社医療センター薬剤部 田尻優吏亜)