そこが知りたい2022(令和4年)11月号

多嚢胞性卵巣症候群とメトホルミン

 多嚢胞性卵巣症候群(以下,PCOS)は生殖年齢女性の5~8%が発症する頻度の高い内分泌疾患であり,排卵障害の最大の要因である。PCOS の病態は複雑で,ゴナドトロピン分泌障害,アンドロゲン過剰,卵巣機能障害,インスリン抵抗性などを特徴とする広範なスペクトラムを呈する。日本産科婦人科学会の診断基準(2007)によれば,月経異常,多嚢胞卵巣,血中男性ホルモン高値または黄体形成ホルモン(LH)基礎値高値かつ卵胞刺激ホルモン(FSH)基礎値正常をすべて満たす時にPCOS と診断される。PCOS の薬物療法は挙児希望の有無によって治療方針が異なり,挙児希望がない場合はプロゲステロンのみを補充するHolmstrom 療法や低用量エストロゲン・プロゲスチン療法により月経周期を正常化する(ただし低用量エストロゲン・プロゲスチン製剤は現在月経不順に対する適応を有していない)。一方,挙児希望がある場合は排卵誘発を促すクロミフェンクエン酸塩(以下,CC)が第一選択となるが,肥満,耐糖能異常,インスリン抵抗性のいずれかを有する症例では,CC やレトロゾールとメトホルミンの併用療法が考慮される。国内外のガイドラインで併用療法の有効性は確立されており,例えばPCOS に対するメトホルミン単独投与はCC 単独投与に比べ排卵率及び妊娠率,生産率は低いが,CC 抵抗例におけるメトホルミンとCC の併用投与とCC 単独投与を比較したメタ解析では,排卵率(76.4% vs. 26.4%)及び妊娠率(27.4% vs. 3.8%),生産率(15.4%vs. 1.8%)がそれぞれ増加することが示されている。

 2022年1月に厚生労働省の医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議にて,不妊治療におけるメトホルミンの有効性や安全性には医学的に公知該当性があると認められ,追加の臨床試験を実施せずに申請可能な公知申請制度により2022年4月から保険適用となった(【効能 ・ 効果】多嚢胞性卵巣症候群における排卵誘発,多嚢胞性卵巣症候群の生殖補助医療における調節卵巣刺激,※いずれも,肥満,耐糖能異常,又はインスリン抵抗性のいずれかを呈する患者に限る)。申請時の用法用量は他の排卵誘発薬/ 卵巣刺激薬との併用で,通常,メトホルミン塩酸塩として500mg の1日1回経口投与より開始し,患者の忍容性を確認しながら,500mg の1日3回経口投与を超えないとしており,通常の糖尿病治療時と大きく変わらない。効能効果に関する注意として,ゴナドトロピン製剤を除く排卵誘発薬で十分な効果が得られない場合に併用を考慮すること,糖尿病を合併するPCOS 患者では糖尿病の治療を優先することが明記されている。またメトホルミンは添付文書上妊婦への投与は禁忌となっていることから,妊娠初期の投与を避けるために患者に投与前少なくとも1ヵ月間及び治療期間中は基礎体温を必ず記録させることや,メトホルミン投与開始前及び次周期の投与前に妊娠していないことを確認することの他,卵巣の刺激が過剰となった結果として多胎妊娠となる可能性があることを説明するよう求められている。

 この度の不妊治療に関する医薬品の承認審査でメトホルミン以外にも複数の医薬品が保険適用となったが,今後PCOS に対して排卵誘発薬とメトホルミンを併用する処方を見る機会があるかもしれない。これを機にPCOS の病態やメトホルミンの排卵誘発作用及び生殖補助医療における調節卵巣刺激に関する知識を深めておきたい。

 

参考資料

1)厚生労働省;不妊治療に関する医薬品の承認審査状況Ⅳ-132 公知申請への該当性に係る報告書(https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000901921.pdf

2)日本産科婦人科学会;産婦人科診療ガイドライン婦人科 外 来 編2020(https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_fujinka_2020.pdf

3)原田美由紀;産科と婦人科86巻増刊号:110-114 (2019)

(東京大学保健・健康推進本部本郷地区 梅澤俊介)