そこが知りたい2022(令和4年)11月号

ミルタザピンの抗うつ効果以外の作用について

 近年抗うつ剤は精神症状のみならず痛み止めや過敏性腸症候群,月経前症候群等の様々な症状に用いられるが,獣医療の現場でも用いられていることはご存知だろうか。 

 ミルタザピン(商品名:リフレックス®錠/レメロン®錠,以下本剤)は猫の食欲増進剤として用いられ,慢性腎臓病の猫において摂食量が増加し,体重が増加することが知られている。また同時に嘔吐や吐き気を減らす効果も認められている。

 本剤は,NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動薬)に分類される抗うつ剤である。セロトニンとノルアドレナリンの働きを高める作用のある薬剤であり,不安や落ち込み,意欲や気力の低下といった精神症状の改善に効果が期待できる。また四環系抗うつ薬に分類されるミアンセリン(商品名:テトラミド®錠)を改良した薬剤のため,抗ヒスタミン作用による眠気や食欲増進などのうつ症状によく認められる症状の改善も期待できる。そのため,うつ病やうつ症状をはじめ様々な不安障害,外傷後ストレス障害(PTSD),不眠症等の治療に用いられている。

 NaSSA はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)と合わせて新規抗うつ剤と呼ばれている。SSRI やSNRI はセロトニンを刺激し過ぎることで胃腸障害の副作用が多いという欠点に対し,NaSSA は5-HT2A 受容体/5-HT2C 受容体及び5-HT3受容体を遮断することで,抗不安作用や抗うつ作用を示す。5-HT1受容体にセロトニンを特異的に結合させることから,性機能障害や消化器障害の副作用頻度がSSRI やSNRI に比べて低いという利点がある。このように他の抗うつ剤とは作用のメカニズムが異なるため,SSRI やSNRI で効果が認められなかった場合にも,本剤への変更や併用によって改善が期待できることがある(SSRI またはSNRI と本剤の併用療法をカルフォルニアロケット療法と呼ぶ)。

 他にも本剤の特徴として効果発現時間が早いことが挙げられる。SSRI の場合,効果発現までに2~4週間かかると言われているが,本剤の場合は1週間目から効果が現れることが多いとされている。効果発現までに時間を有する場合,副作用が先に現れてしまい効果発現前に中止してしまう恐れがあるためこれは大きな利点と言える。またコンプライアンスに関わる特徴として,食事の影響を受けない点や半減期が長く1日1回の服用が可能である点も挙げられる。比較的相互作用が少ないため,併用薬の多い高齢者にはとりわけ使いやすい薬剤とも言えるのでないか。

 本剤は現在「うつ病・うつ症状」への適応のみで,開始用量は15㎎(7.5㎎の場合もあり),維持用量が15~30㎎,上限が45㎎となっている。先述のような製剤的に服用しやすい特徴がいくつか挙げられるだけでなく,15~30㎎/ 日で炎症性皮膚疾患,悪性腫瘍,胆汁うっ滞および腎不全に関連した慢性掻痒症に有効というデータもある。また線維筋痛症にも効果が期待できることから適応外でも使用され,これを受けて適応追加の臨床試験が現在進められており,その結果が待たれる。

 先述の通り,獣医療においても本剤は食欲増進や体重増加の効果があると報告されている。原疾患の治療が優先であるが,食欲不振を伴う慢性腎臓病,腫瘍性疾患,糖尿病のような病態に対して一定の効果を発現する。FDA(アメリカ食品医薬品局)より本剤の経皮投与剤が承認されていることから日本でも多くの症例に対して輸入品が使用されている。外用薬(軟膏)を1日1回耳介に塗布することで経皮吸収され作用が発現するため,嘔吐を伴う症例には非常に使いやすく画期的な製剤である。外用薬でも経口薬と同様の効果が得られ,副作用の頻度が減少することも報告されている。ただし,用量には個体差があり感受性の高い猫の場合は興奮,夜鳴き,徘徊という行動や性格の変化を伴うこともあるが,薬の効果が切れれば副作用症状も消失する。

 2019年に抗精神病薬初の貼付剤としてロナセン®テープが発売され,コンプライアンスの改善に一役買ったと言える。人医療,獣医療ともに様々な疾患に対し効果が期待できる本剤であるが,今後の適応追加に加え剤型工夫にも注目していきたい。

 

参考資料

1)リフレックス®錠製品情報概要

2)「体重減少の認められる猫に対する食欲増進薬,ミルタザピンの効果」VETS TECH(May,2019)

(順天堂東京江東高齢者医療センター薬剤科 初山佳苗)