ノロウイルスに有効なワクチン
今年2月に岐阜県羽島市で発生した小中学生のノロウイルス集団感染は,記憶に新しい。このように感染源となるノロウイルスは,汚染された手や食品を介して人体に入り,下痢,吐き気,嘔吐などをきたす。最近の疫学調査の結果,従来主因とされたカキなど二枚貝の生食によるノロウイルスの食中毒は減少し,ヒトからヒトへのいわゆるヒト―ヒト感染が大きな割合を占めることも明らかになってきた。毎年この冬の時期に猛威を振るうノロウイルスに有効なワクチンが開発されつつある。
一般にノロウイルスと呼ばれているのは,カリシウイルス科ノロウイルス属ノーウォークウイルス種に分類されるウイルスである。現在,このノーウォークウイルス種は,genogroup I (GI)からgenogroup Ⅴ(GⅤ)の5つの遺伝子群に分類されている。このうちヒトに病原性を示すのはGI,GⅡおよびGⅣの3群とされ,GI に16以上,GⅡには18以上と沢山の遺伝子型(genotype)が存在すると考えられている。
ノロウイルスはヒトの腸管上皮細胞を感受性細胞として感染を起こし,体内で増殖する。2000年前後にこのウイルスがABO 式及びLewis 式の血液型を決めている組織・血液型抗原をレセプターとして利用していることが判明した。組織・血液型抗原は,消化管や気管などの上皮細胞にも発現しているため,この抗原は唾液や消化管分泌液中にも存在する。一部に唾液などにこの抗原が認められない場合があり,このような個体を非分泌型と呼ぶ。ノロウイルスは,各々の遺伝子型により抗原に特異性(次頁表)があるため,それに対応する抗原を持たない人はそのウイルスには感染しない。
今回,米国での臨床試験で用いられたノロウイルスワクチンは,GⅠのうちノーウォークウイルス(genotype 1)のみを含む1価の経鼻ワクチンであるが,良好な予防効果が得られた。今後,多種の遺伝子型ウイルスに対応可能な多価ワクチンの開発も望まれる。
表 ノロウイルス属ノーウォークウイルス種のヒト唾液中組織・血液型抗体との結合性
ウイルス株名 |
遺伝子
グループ
|
非分泌型 (O 型,A 型,B 型) |
分泌型 O型 |
分泌型 A型 |
分泌型 B型 |
ノーウォークウイルス(NV/68) | G Ⅰ | - | +++ | +++ | - |
VA387(ロードスデイル類似株) GrV(ロードスデイル類似株) |
G Ⅱ | - | +++ | ++++ | ++v |
MOH(スノーマウンテン類似株) メキシコウイルス |
G Ⅱ | - | - | +++ | +++ |
VA207(アムステルダム類似株) | G Ⅱ | +++ | ++ | +/- | +/- |
この結果は唾液を用いたものであり、腸管上皮細胞での感染と直接的に結びつくものではない。
参考文献
・白土(堀越)東子,武田直和:ノロウイルスと血液型抗原,ウイルス,57,181-190 (2007)
・Robert L. Atmar, M.D., et al : Norovirus Vaccineagainst Experimental Human Norwalk Virus Illness,365, 2178-2187( 2011)
・中込 治:ノロウイルス感染症 最近の研究の展開,モダンメディア,50,133-142 (2004)
(日経BP 社診療所 佐藤 仁美)